何でもできるのは何もできないのと一緒
何でもできる人はゼネラリストと言って重宝されるかもしれない。しかしスペシャリストにはなれない。ずっと以前友達に「私って、どうして何か一つをやり遂げることができないのかしら」と言うと、彼女はサラリと答えた。「何でも一応やりこなすからよ」
何でも一応やりこなす、というのは一見やり手ウーマンっぽく聞こえるけれど、その実一つのことに集中してその道で頭角を顕すということができないということ。
昨日テレビで、松本清張賞を獲得した食堂のおばちゃんが、「賞金五百万円で仲間と豪勢な食事をするわ」と笑っているニュースを見た。ただただ感嘆。11年間ガード下の食堂で働きながら、ずっと書き続けていたのだ。脱帽です。
私も時々瘧が起こったように小説の類を書いているが、そのジャンルたるやすごい。童話、ミステリー、ホラー、SF、エッセー、ドキュメンタリー、シナリオ、そして今は恋愛小説を書き始めた。7月末締め切りのラブストーリ大賞に応募しようと思っているのですが、さてさて。
今まで取った賞は、日本獣医師会が主催している『青少年動物文学賞』の奨励賞で賞金は5万円だけという寂しいもの。ジャンルが飛びすぎて(まるでこのブログのように)何か一つを極めるということができない。
その点息子はすごい。小さい頃メロンパンを二つに割って差し出すと、「メロンパンの形のまま食べたかった」と泣き喚いただけあって、意思を貫く。やりたいことをまっしぐらにやっている。顔もまったく似ていない。時々疑う、ニューヨークの病院で取り違えられたのではないかと。
そんな私に一つだけやり遂げたことがある。一人で子供を育て上げたこと。考えてみれば二歳で日本に連れ帰ってから、恋人の一人も作らなかったわね。そんな私に恋愛小説が書けるのかしら…… 書けるのです一応はね、だってゼネラリストですもの、うふふ。

大阪駅に近い空中庭園ビルの下の里山。蛍も出ます。
何でも一応やりこなす、というのは一見やり手ウーマンっぽく聞こえるけれど、その実一つのことに集中してその道で頭角を顕すということができないということ。
昨日テレビで、松本清張賞を獲得した食堂のおばちゃんが、「賞金五百万円で仲間と豪勢な食事をするわ」と笑っているニュースを見た。ただただ感嘆。11年間ガード下の食堂で働きながら、ずっと書き続けていたのだ。脱帽です。
私も時々瘧が起こったように小説の類を書いているが、そのジャンルたるやすごい。童話、ミステリー、ホラー、SF、エッセー、ドキュメンタリー、シナリオ、そして今は恋愛小説を書き始めた。7月末締め切りのラブストーリ大賞に応募しようと思っているのですが、さてさて。
今まで取った賞は、日本獣医師会が主催している『青少年動物文学賞』の奨励賞で賞金は5万円だけという寂しいもの。ジャンルが飛びすぎて(まるでこのブログのように)何か一つを極めるということができない。
その点息子はすごい。小さい頃メロンパンを二つに割って差し出すと、「メロンパンの形のまま食べたかった」と泣き喚いただけあって、意思を貫く。やりたいことをまっしぐらにやっている。顔もまったく似ていない。時々疑う、ニューヨークの病院で取り違えられたのではないかと。
そんな私に一つだけやり遂げたことがある。一人で子供を育て上げたこと。考えてみれば二歳で日本に連れ帰ってから、恋人の一人も作らなかったわね。そんな私に恋愛小説が書けるのかしら…… 書けるのです一応はね、だってゼネラリストですもの、うふふ。

大阪駅に近い空中庭園ビルの下の里山。蛍も出ます。