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おしゃべり好きな私は、海外でもよくしゃべる。アジアで一番英語が通じる国はフィリピン、いろんな人と正しくしゃべくりまわって(ちょっと下品な言い方ですがピッタリなので)、好きな国の一つになった。

セブ島にダイビングに行ったとき、プールサイドでくつろげるホテルに泊まった。そこの従業員たちに日本語の、「木はki」「目はme」「手はte」「蚊はka」と教えていると、「itchy」は何だと聞かれたので、「かゆい」と教えた。

島で一番(!)の日本レストランに入り英語で注文すると、スゥオームのようにウェイトレスが集まってきた。そして口々に身の上話を始めた。皆に取り囲まれて、食べる、しゃべる、聞く、笑うで、最後まで忙しい夕食だった。

ダイビングの後、日本女性のインストラクターと潮風に吹かれながら、サンミゲルビールで乾杯。フィリピン人スタッフとのおしゃべりも楽しい。

空港行きのシャトルバスに乗り込むと、日本語を教えた従業員が走ってきて腕を掻くそぶりをする。「かゆい!」と言うと、「かゆい!」と叫びながらバスを追いかけてきた。その姿は「かわゆい」が、同乗の日本人客が目を剥いていた。

話をすると気持ちが通じ合い、相手の国に対して親しみが湧く。日本人が聞ける、しゃべれる英語を身につけて海外に行き現地の人と交流するだけで、下手な外交官よりも日本という国に好印象を抱いてもらえる。

ウォークマンに英語の会話を入れておいて、歩きながら聞くだけでもかなり効果的。相手が何を言っているか分かるのが一番大切。返事は何とでも料理できます。さあ、次の旅行で、あなたもプチ外交官になりましょう!

            グランドルパ


         
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竹島を実効支配する韓国と日本の間で激しいやりとりが行われていますが、日本のアキレス腱は従軍慰安婦問題です。日本の申し出た個人補償を韓国政府が拒否しておきながら、今補償をするべきだと言ったり、韓国がこの問題を政治的に利用している点は否めません。誠に悔しい限りです。

ソウルの日本大使館の前と同様、ニューヨークのアイゼンハワー公園には慰安婦の像が建てられています。いつまでも慰安婦問題が取りざたされるのは、確かに日本人にとっては目をそむけたくなる現象です。そこで、日本女性が先に立って、この問題を平和的に解決する方法を考えてみてはどうでしょう。

ユダヤ人を迫害してきた汚点に戦後徹底的に取り組んだドイツ政府は、侵略した国々から外交上で槍玉に上がることはあまりありません。外交上不利にならないように小まめな注意を払っているのでしょうか。

従来戦後保障に真摯に向き合ってきた日本政府の意図は、韓国の国民にはうまく伝わっておらず、韓国の為政者が困ったときの切り札として、この問題が声高に取り上げられるのは誠に残念です。ぜひ、あまり顔が見えないと言われている日本女性が乗り出して、韓国政府から最後の切り札を奪い取りましょう。

昨日夕暮れのうつぼ公園を、落し物を探しながら徘徊しているとき、ふと見上げると空には見事なお月様。地球は素敵です! 一刻も早く喉もとの骨を抜き取りましょう、女性パワーを炸裂させて。

       ウツボ公園の
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会社から強制されてTOEIC(ビジネス英語)の試験を何度か受けましたが、後半のリスニングも入れて二時間ぶっ続けなので途中でグンナリ。それで思い至ったのが、直前にバナナを食べること。持つんです、これが。

これに味を占めて、サンフランシスコにUSCPA(アメリカの公認会計士)の試験を受けに行ったときも、直前にバナナを食しました。試験会場のビルの前の木立の後ろで、早朝バナナをモグモグやっていると、ビジネスマン達が恐々チラ見をして通り過ぎました。

赤い花が随所に置かれ、美しくクリスマスの飾り付けがされたビジネス街の一角で食べたバナナ、でも失敗でした。バナナに頼りすぎて朝ごはんを抜いたのです。ああ、二本食べればよかった!

それから三ヵ月半後、バナナを持って新大阪にTOEICを受けに行きました。駅に着くと異様な雰囲気。「TOEICの受験者の方ですか」と聞かれた。ハイと答えると、「本日は中止になりました」とのこと。

部屋に帰ってテレビをつけて、東北の大震災の物凄さを知りました。信じられない光景を目の当たりにしながら、考えたのは東北にもたくさんいたはずのTOEIC受験者のこと。そして、みんなに何事もなく受験してほしかったと思うと、涙が……

生きていると嫌なこともたくさんあるけれど、生きているというだけで幸せなのだと思いながら、食べなかったバナナをじっと見つめました。

        サンフランシスコダウンタウン
   
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アメリカと日本の蜜月時代、つまり当時の中曽根首相とレーガン大統領がお互いに「ロン」「ヤス」と呼び合っていた頃、ニューヨークで行進中の我が首相と遭遇。

何も毎年恒例のメーシーズのように、街中をパレードしていたのではありません。メトロポリタン美術館の中で、何十人ものダークスーツ集団が行進してきたのでギョッとして見ると、先頭にヤススマイルを浮かべた中曽根首相の姿が。

ああ、コロコロと変わるのでバナナリパブリックと海外から揶揄される、ここ何人もの日本の首相と比べると…… まるで、エルガーの『威風堂々』がメトロポリタン美術館中に響き渡っているかのような勇姿でした。

目が合ったのでニコッと笑ってピースでもできたら良かったのですが、何か固まってしまって筋肉が動きませんでした。それくらい威厳があったということですぞ、政治家の皆さん。

昨日は自民党の総裁選。久しぶりに盛り上がりましたね。何はともあれバナナリパブリックから脱却することを、党派を超えて最優先にしてちょうだいね。

それはそうとヤス首相、あのときメトロポリタンでちゃんと絵をごらんになったのかしら。どなたか知ってたら教えて。
     
          セントラルパーク1
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八月マカオに行ったのは、香港の船が尖閣諸島に上陸した後だった。泊まっていたホテルの人たちがしきりに、「マカオは香港と違う」と言っていたのは、今考えるに、日本人の私に対する思いやりだったのだ。

今回の旅は、集客数がラスベガスを上回ったといわれるマカオで、ビジネスチャンスを探る視察の意味を兼ねていた。本当に行きたかったのは、ラグジュアリーな南の島のリゾート。そこで、大きなプールと熱帯植物園のような庭のある、グランドラパ・マンダリン・オリエンタルホテルを予約した。

このホテルが素晴らしかった。カジノホテルが林立する場所にありながら、しっかりラグジュアリーホテルの役割を果たしていた、まるでハワイの一流ホテルにいるような……

チェックインタイムは午後3時なのに、昼過ぎにはもう10階のリゾートビューの部屋に入れた。帰りは、香港空港からの飛行機が深夜だったので、頼んでもいないのに正午のチェックアウトを3時まで伸ばしてくれ、荷物も当然のように預かってくれた。

プールサイドで過ごした時間は快適だった。心地よい係員の応対、深い所では2メートル半もある大きなプール、木立の中にある広いジャグジー。デッキに寝そべってピナコラーダを飲みながら、うっそうと茂る庭の緑で目を癒す。

フロント、コンシェルジェ、ホールで働く人々の心のこもった応対にすっかりなついてしまった私は、ホテルを去るのが辛かった。ラグジュアリーホテルの構成要件は、施設は言うに及ばず、そこで働く人の心である。

       グランドラパプール3


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ロサンゼルスから大阪に帰って来たとき、子供はまだ二歳一ヶ月でした。それから二ヵ月後、元ダンナ、つまり子供の父親のおかあさんから電話がかかってきました。「孫に会わせてもらえませんか。どうしても会いたくて」

大型ショッピングセンターの子供広場で、夢中で遊んでいる子供の前に現れたのは、まだ若くてきれいなおばあちゃん。おじいちゃんや弟も会いたがっているからと言って、その日子供は祖父母の家に泊まることになりました。

このときから、我が息子は強力で優しい保護者を三名ゲット。働きながら自ら車の運転もするおばあちゃんは、保育園で熱を出した子供を迎えに行き、小児病院に連れて行ってくれました。そして園の運動会や発表会には、家族そろってやって来て大声援を送ってくれました。

2011年度の調査では、母子家庭は124万所帯で五年前より9万所帯増加。80.6%の母親が働いているが、正規労働者は39.4%しかいず、平均年収は291万円(全所帯平均の44%)

生活の苦しい母子家庭が増えています。生活の苦しさから、安易に次の男性を見つけて一緒に住み始め、虐待へと結びつくケースも多々あります。それよりお母さん、勉強をして資格を取りませんか。きっと、経済力がアップしますよ。

別れたダンナ様の両親、つまり子供の祖父母を遠ざけないでください。本当の父親にも、子供を積極的に会わせましょう。子供のときに受け取った愛情が大きければ大きいほど、優しい心を持った大人になるのですから。子供はみんなで育てましょう。

      ユニバーサル通りと千日紅
     
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宝塚に住んでいたとき、暗い夜道に立っている小学校低学年くらいの女の子を見かけました。寒いのか、体を震わせています。「誰か待っているの」と聞くと、首を振った後「お母さんに怒られた」と言って泣き出しました。

暫く一緒に立っていると、母親が現れました。でも、その子供に対する怒り方が尋常ではなく、とりなそうとしても、「他人が口出ししないで!」と怒鳴られました。子供は怯えきって「おかあさん、ごめんなさい」と大声で繰り返すばかり。母親の凄まじい怒りは一体どこからくるのでしょう。何とか手を差し伸べようとしても、シャットアウトされると、他人にはどうしようもありません。

今年の上半期(1~6月)に全国の警察が摘発した児童虐待事件は、昨年同期比62.1%増の248件、被害児童数は同55.6%増の252人で過去最多。被害児童の内訳は、殴ったり蹴ったりする身体的虐待が178人、次いで、性的虐待が69人、育児の怠慢・拒否(ネグレクト)が5人。(時事ドットコムより)

おじいちゃん、おばあちゃん、孫を守るために立ち上がってください。子供を連れて離婚した母親が、別の男と暮らし虐待をしているケースも多々あります。その場合、本当の父親も、そしてその両親も、子供の現状から目を離さないで。

本来最愛であるはずの子供を虐待するのは鬼畜の行為です。勇気を出して止めましょう、止めさせましょう。こうしている間にも命の危機に晒されている子供がいるのです、本来外敵から身を守ってくれるはずの家の中で……
      
        大阪駅屋上菜園祖母と孫
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カナダ旅行のお土産にメープルシロップをもらったので、今朝はホットケーキを焼いてみました。一枚目はうっかり焦がしてしまい、その経験を踏まえて二枚目はうまく焼き上げました。この二つのケーキを見て、子育てについて考えました。
          
    hotcake.jpg

子供が不登校になったり、引きこもりになったりすると諦めてしまうお父さんやお母さんも多いと思います。けれども子供は本当は、『もう一度やり直して、できたら大学に行って勉強をしたい』と考えている場合が多いのです。

ただ、「学校へ行け」や「引きこもりを止めろ」だけでは子供はどうしていいか分かりません。どうしていいか分からないので、不登校や引きこもりになっているのですから。そんなとき、具体的な道を示してやるのが最も大切です。

通信制の学校なら多くのレポートを出さないといけませんが、親子で一丸となって取り組めるところに大きな価値があります。スケジュール表をにらみながら、親も子供のレポート提出をサポートするのです。親が一生懸命取り組んでいる姿を見ると、子供はきっと心を開きます。

焦げたホットケーキの真っ黒な部分を取り除くと、中にはふんわり柔らかい中身が入っていました。表面だけを見て子供を切り捨てずに、親子で力を合わせて一歩を踏み出しましょう。
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今回、ボカスカの目に合ったのは、尖閣諸島を国有化して波風たてず現状維持をしようとした政府の意図が、中国側に全く理解されていなかったからだ。中国人との交渉は、こちらの考えと要望を、相手側の脅しに屈することなくハッキリと伝えることが大切だ。

上海のパッケージツアーに参加したとき、母娘連れと知り合いになった。肩こりがつらいという娘さんと二人で、ホテルでマッサージを受けることにした。

知人から上海のマッサージはすごくいいと聞いていた通り、終った後、体が軽くなった。ところが娘さんの方は浮かぬ顔。聞くと、まったく効果がなかったとのこと。

受付カウンターにいたマスカラバッチリの女性に、「この娘さんを担当したマッサージ師は非力で何の効果もなかった。きちんとしたマッサージをしてもらいたい」と告げた。

その途端、笑みをたたえていた受付嬢の顔が強張り、「そんなことはできない!」と大声で拒否した。「払った金額に見合うサービスをするべきだ」と言ったとき、受付嬢を援護すべしと、従業員の男女が集まってきた。

みんなで一斉に「マッサージは終った!」と叫ぶところを、「終っていない!早くちゃんとしたマッサージをしてあげてくれ」と訴え続けた。

娘さんは(多分怯えて)、「もういいです」と言ったが私は頑張り続けた。『ここで引いたらおしめえよ』と寅さんなみに踏ん張った。

とうとう折れた受付嬢一味は、娘さんに今度はキチンとしたマッサージを提供してくれた。マッサージが終るのを待っていた私に、お茶まで運んでくれた。

結局、受けたサービスが満足のいくものでなかったことを、こっちの必死の訴えで提供側が認めたのである。『あ、うん』は中国では通用しない。

マカオ 暗い街並



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ニューヨークにあるアメリカの大手監査法人で働いていたとき、アメリカの若いエリート公認会計士たちに混じって、燦然と輝く働きをしていた日本女性に出合った。

最初からエリートの道を歩んできたのだろうと思ったら違った。日本で離婚後渡米、サンフランシスコの日本レストランで働いてお金を貯めた。そのお金を使って猛勉強をし、アメリカの公認会計士の試験を受け合格したという。

ニューヨークには中途半端な滞在をしている日本女性も少なくなかった。三角関係で悩んでいる人、恋人ができて人間が変わった人、異国で緊張したせいか強面になってしまった人…… その中で彼女の存在は眩しかった。

監査法人の中で彼女のポジションは、日本セクションという限られたものではなく、全体を扱う場所での税務部門のマネージャーであった。彼女を知る誰もが、その仕事ぶりを高く評価していた。

日本に戻ってから、彼女がアメリカ人の有名大学の教授と結婚をしたと聞いて、「ああ完璧!」と思わず声に出して呟いた私。ニューヨークで見た多くの洗練されたアメリカ人女性と比べても、引けをとらなかったのだ。

若者よ、閉塞感のある今こそ、アメリカに行って勉強をし、夢を実現しよう。アメリカには、努力した人にはフェアに報いてくれる風土がある。

             ビル街の朝の光
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本屋で『オニババ化する女達』というタイトルを見たとき、「これだ!」と思いましたね。本の内容はさておき、ピタリとはまったインパクトのある題名。そうです、女性がオニババ化しているのです。

あちこちの会社にいませんか、コワーイ女の人たち。なまじ仕事ができると思っているので(確かにできる場合も多々あり)、集団をカースト制度的に輪切りし、コンピューターやSAP等に弱い最下層に位置づけた人をあざ笑い、カーストが上の人には顔の筋肉をゆるめる…… 別のパターンもあるでしょうが、とにかく怖い女性達。

『原始女性は母である』―― そうです、母になると毎日忙しくて、全精力を会社だけになど注いでいられません。高い能力とフツフツ燃え滾るエネルギーを全て会社にだけぶちまけているので、フラストレーションが溜まり怖くなるのです。

結婚しない人が増えていますが、世の男性諸氏、勇気を出してプロポーズをしましょう。共稼ぎをすれば、例え少ない給料でも暮らしはアップします。そして、WINK(共稼ぎで子供なし)などといわないで、じゃんじゃん子供を作りましょう。

このままでは日本はオニババだらけになってしまい、人口差がますます広がり、今に中国の盲腸なんて言われるようになるかもしれません。さあ、赤いバラを差し出して、言うのです! 「結婚しようよ」

       御堂筋の空
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サハラ砂漠のバスで出合った三人の卒業旅行中の女子大生と意気投合、チュニジア第二の都市、スファクスの沖に浮ぶケルケナ島に一緒にゴー!

海辺のホテルに泊まって、エーゲ海に沈む夕陽を見ながら冷えた白ワインを飲み、毎日蛸を食べて過ごした。なぜだか、あの時、あの島には蛸しかなかったのである。「ねえ、前はエーゲ海でしょ、蛸以外獲れないの」とホテルのオヤジに詰問しても、首を振ってヘラーとなま笑いするだけ。

マグレブ七不思議の一つに躍り出た蛸三昧の島から、スターウォーズの撮影で有名なマトマタへ。旧マトマタは他民族の圧迫を受けたベルベル人が多数の穴居住宅を遺した土地で、泊まったのも、そんな穴居ホテルの一つ。朝起きたら、一瞬どこにいるか分からなかった。

ルークの家のロケに使ったホテルや、エイリアンたちがジャズを演奏していた「モスアイズリー・カンティーナ」を見て回る。異星人たちと鉢合わせしそうな不思議な空間。

これほど海が美しいのかと感嘆したスースを経由して、古代フェニキア人によって建設された、カルタゴ近郊の町である古都チュニスに行く。皆と名残惜しかったがお別れして、こじんまりとしたホテルに入った。

ホテルの浴槽に水を貯めて洗剤を入れ、サハラ砂漠の砂を洗い落とすべく全ての衣類を中に突っ込んだ。やおら足で衣類の上を歩き回り、マトマタ的な洗濯をした。最後に手で絞っただけの水気をたっぷり含んだ洗濯物を、浴槽の上にあった棚に吊るしたハンガーに引っ掛けて干した。てんこ盛の洗濯物。
 
程なくメリメリメリと不気味な音がするのでいぶかしく思っていると、洗濯物の重みで、棚ごと浴室の壁が崩れ落ちてきた。ワアーとフロントに駆け込み事情を話すと、「ノー、プロプレン」。時々崩れ落ちているのかしら。

巨額の損害賠償金を取られるかと心配していたのに拍子抜け。これが、マグレブ三国の良さかしら。その夜はお風呂に入れなかったけど……

            マトマタ
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『仕事と子育ては両立できない』という言葉をよく聞きますが、あれは間違いです。立派に両立できるし、母親にとって精神的に楽です。一日中、子供とだけいると、社会から隔離されたような気持ちになる人も少なくないはず。

ニューヨークからロスに引越しをしたとき、暫く仕事をしない時期がありました。まだアメリカの運転免許を取っていないときだったので車にも乗れません。

外出はバギーに子供を乗せて一番近くの寂しい公園に連れて行くのと、スーパーに行くだけ。あのときの社会との隔絶感は今もはっきりと覚えています。

その後、免許も取り仕事を始めた私は、水を得た魚のように生き返りました。一日中離れているので、夕方子供を私設保育園に迎えに行ったときは、ギュッと抱きしめて頬にスリスリしてやりました。眉間に皺を寄せて嫌がっていましたが……

一般的に会社は、赤ちゃんができると休んだり早退したりしがちになると考え、出産退職をジワリと押し付けてきます。そこで屈してはいけません。会社に辞めさせる権利はありません。何を言われようと、涼しい顔で、出産休暇を提出すればいいのです。

今まで女性の部下を何人も持ちましたが、バランスがとれて仕事もよくしてくれた人は、比較的結婚をしていたり、子供がいたりした人が多かったように思います。

仕事を続けたくて子供を持つのを諦めているあなた、どちらも持てますよ。子供とだけ家にいて、閉塞感を感じているあなた、資格でも何でもトライして働く準備をしましょう。今より、もっと子供が愛しくなるはずです。

      垂水よさこいちびっ子隊
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ここ連日中国で、若者が尖閣諸島国有化に反対して反日デモを展開し、暴徒化している。掲げるスローガンの中には『殺光小日本』(日本人を別称で呼び、それを皆殺しにしろ)というのまである。「何が愛国無罪だ、野蛮人!」と言って、気球に乗って、上からとろろ汁を大量に振りまいてやりたい。

かって尖閣諸島に日本人が暮らしていたことや、資源が豊富にあると分かるまで中国は領有権を主張していなかったことを、中国の人々は殆ど知らない。

上海に行ったとき、一人で地下鉄を利用して七宝焼で有名な七宝まで行った。この地下鉄の乗換えが複雑で、郊外の駅で途方にくれているとき、現れたのが上海のブラピだった。中国人の若者だが、アンジェリーナのだんな様にそっくり。

彼は長い道のりを乗換駅まで連れて行ってくれた。同じ電車に、彼も少し離れた場所に乗りこみ、私が変な駅で降りたりしないように見張っていてくれた。そして自分が降りる駅に近づくと寄ってきて、「後三つ目の駅だよ」と教えてくれ、照れたように手を振って降りていった。

美しい七宝の街の運河に面した食堂で、ほっぺたの落ちそうな点心を前にチンタオビールを飲みながら、中国人の間ですっかりくつろいでいた私。概ね人々は飾り気がないけれど親切で、心和む旅だった。

偏った報道や偏向教育を改めさせない限り、この種の暴動はこれからも続くだろう。でも、中国の中にも今回の暴動に胸を痛めている人が多いことを忘れてはならない。

マカオ 中国外
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こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当加瀬です(^v^)/今日のテーマは「自転車でどれくらい走った事がある?」です。そろそろ暑苦しい季節も過ぎ去り、過ごしやすい季節にさしかかりそうな気配がしてきましたね…!秋といえばスポーツですが、みなさんは普段どんなスポーツをされますか?加瀬は最近自転車にハマっています!以前もトラックバックテーマに自転車にまつわるテーマを投稿した事があるのですが、やは...
トラックバックテーマ 第1512回「自転車でどれくらい走った事がある?」

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最近母親がわが子を殺すという事件が後を絶ちません。いろいろ悩みがあり、子供を殺して自分もというケースも多いのでしょうが、「それなら自分一人で死んでください」と言いたい。

『9月15日午後4時ごろ、京都市右京区西院のマンションで、6歳と9歳の女児2人が30代の母親に殺された。
14日午後、名古屋市天白区のUR団地で、小学6年(12)長男を、母親(51)がたたいて、ひもで絞めて殺し、無理心中を図った』

子供には子供の未来があるのです。バックパッカーで世界を回ったり、ひょっとしたら芸術家になって多くの人に喜びを与えていたかもしれません。どうして可能性のある、普通なら最愛のわが子を殺すのでしょうか。母親に殺された子供達の無念さを思うと、不憫で不憫でなりません。

私は一人で子育てをしてきましたが、子育てに勝る喜びはなかったと断言できます。例えキャリアウーマンで高い地位を得ていても、この醍醐味を知らずに人生を終っていたらものすごく損をしていたと思います。大変なこともあったけれど、子供と共に、それを乗り越えたときの喜びの大きさは……
 
世のお母さま方、物事は考え方一つで180度転換します。夫婦関係に悩んでいたら、子供を連れてさっさと離婚すればいいのです、無理心中を図るくらいなら。大人の問題は大人同士で解決しましょう、子供にはアンタッチャブルで。

くよくよ悩んでいるよりも、あちこちへ子供を連れて出かけましょう。子供が小学生の頃、ご近所さんに言われました。「奥さんほど、毎週毎週子供を連れて出かけはる人、今まで会ったことないわ、ハハハ」 ああ、楽しかったわあ、あの頃。数々の子供との思い出は、一生の宝物として心の金庫にしまってあります。

            ユニバーサルへ行く人たち




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アルジェリアで、通貨両替をしたときの用紙を失くした。社会主義国のアルジェリアでは、それがないと出国時にもめることがあるとガイドブックに書いてあった。そこでアルジェの日本大使館に行って、相談してみようと思いついた。だって、パスポートには、『本旅券の所持人に必要な保護援助を与えられるよう、関係の諸官に要求する』と書いてあるのですもの。

街から外れた風光明媚な場所に大使館の白い建物があった。『ここは地の果てアルジェリア』である。ハワイのように日本人が大挙して押し寄せる場所ではない。親切に相談にのってもらえると思ったのが甘かった。

端的に言えば、「そういうことは自己責任でやってください」と言われた。もちろん日本人は顔を出さず、受付に座っている現地の人に。『えっ、何、助けてくれないの。ミッドナイト・エクスプレスみたいに投獄されたらどうするの?』と言いたかったが、そんな雰囲気ではない。

アルジェの青い海の見えるカフェで、嘆きながらチャイを飲んでいると、砂漠で顔見知りになったフランス語圏のスイス人に出くわした。事情を話すと、「アルジェの警察で紛失証明を出してもらえばいい。一緒に行って通訳してあげるから」とありがたいお言葉。アルジェリアは旧フランス植民地、英語は殆ど通じない。

警察に着くと、位の高そうな警察官が寄ってきて「『すけべえ』って何て意味だ」ときかれた。「何で知りたいの」と言うと、「街で日本女性に会って話しかけたら、『すけべえ』と何度も言いながら走って逃げて行ったから」と言う。意味を教えると大爆笑した後、そこいら中にしゃべってまわっていた。非常に微笑ましい、日本大使館の氷の冷たさと比べると。

アルジェ空港で紛失証明を要求されることもなく、パリ行きのエアフランスの窓際の席に座ってホッと一息。やがて、眼下には真っ青なエーゲ海が見えた。フォアグラと冷えた白ワインを飲みながら、考えた。『いざと言うとき頼りにならない日本大使館、助けてくれるのは外国人』

               ギャラクシー
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ワールドトレードセンタービルの99階で働いていたとき、ある日の夕方、エレベーターが故障して非常階段で地上まで下りたことがありました。階段は狭く、そこを多くの人々が通るのでぶつからないようにするのが大変でした。

2011年9月11日、午前8時46分、アメリカン航空11便が北タワーの93階から100階に激突したとき、三つある非常階段は建物を貫く一本の軸にぎっしり詰め込まれており、飛行機はこの中心線を貫いたのです。衝突後も無傷で生きていた北タワー上層階にいた何百人もの人は外に脱出しようと必死に下りてきて、完全にふさがった非常階段を前に絶望することになったのです。

それより下の階の人々は、階段を駆け下りて逃げるとき、40階辺りで下から上がってくるたくさんの消防士を目撃しています。みんなが逃げるとき、命をかけて上って行った消防士の多くはビルの崩壊と共に犠牲になっています。

ミッドタウンに住んでいたころ、夜中にドンドンと激しくドアが叩かれ、飛び起きてドアを開けると完全武装した消防士が立っていました。「火事だからすぐ逃げるように」と言うと、たちまち上の階に行く階段を駆け上って行きました。『守られていたのだ』というあのときの感覚を思い出し、胸が潰れる思いをしました。

自分がいた99階の空間に起こったあまりにも惨すぎる事件。次にニューヨークに行ったときは、グラウンドゼロに季節の花束を捧げ、犠牲になった方々の声に耳を傾けたいと思います、時を違えて空間をシェアした者として……

        朝のビル街と白いさるすべり
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9月11日でワールドトレードセンタービルが崩壊してから11年になりました。あの日信じられない光景をテレビで目の当たりにしながら、急いで入居企業のリストを調べました。

私がいた監査法人は最初に飛行機が突っ込んだ北棟の98階から101階までを占めていましたが、あの時は既にミッドタウンに引越しをしていました。次に、97階にあった住友銀行を調べると、こちらも既に移転をしていました。

ホッとするのも(他の企業の方には申し訳ありませんが)束の間、何と南棟に富士銀行が入っていたのです。私がレキシントンアベニューと52丁目が交錯する場所にあるコンドミニアムに住んでいたとき、富士銀行はアベニューの通りを隔てた前のビルに入っていたのに……

使用でも取材でも訪れたことがありますが非常に応対が良く、「隣組ですね」なんて言って笑い合ったのを覚えています。『何で又、引越しをしたのか』と胸が潰れるような思いをしました。

ガラス細工のような美しいビルが足元から崩れ落ちるのを見ながら、多くの人が乗った航空機で多くの人が働いているビルに突っ込むという非情さに打ちのめされました。悪魔でもそこまでやるでしょうか。

昨日昼休みに外に出ると、御霊神社の上に美しい白い雲が浮んでいました。あの日犠牲になられた多くの方々のご冥福を祈りながら、シャッターを押しました。
     青い空と神社
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ワールドトレードセンターにあったアメリカの大手監査法人で働いていた頃、ビルの99階でその事件は起きた。

フロアの真ん中に普通職が集まり、素晴らしい景色を眺められる窓際の部屋は皆、パートナー達で占められていた。『いつかは、あの部屋に入るのだ』そう思いながら、CPA(公認会計士)になりたての若いアメリカ人たちは、凄いパッションを持って仕事をしているように見えた。

ニューヨーク進出の日本企業の監査に当たる、日本セクションのパートナーは全員日本人だった。のどかなある日の午後、その日本人パートナーの部屋の一つから日本人女子職員が飛び出してきた。大声で何やら泣き叫びながら。「もう止めて!」と言っているようにも聞こえたが、なにしろ泣いているので判然としない。

その後から件のパートナーが顔を出したが、部屋の前に集まっている日米双方の目撃者の群れに驚愕の表情。泣いている女性に向って、「それはないだろう」というふうなことを言っていたが、眉間に皺を寄せて見つめる顔、顔、顔。女性はワーッと大泣きしながら、広いフロアを走ってどこかに消えて行った。あれが演技なら助演女優賞並み。

後でつらつら考えるに、あんな場所で、あの素晴らしい眺めの部屋から追い出されるようなことをパートナーがするはずがない。親しみやすい顔はしていたが、よく知らないあの女性には、複雑骨折のような個人的な事情があったのかもしれない。

でも、どんな事情があろうとも、『女性にあれをやられちゃおしまいよ』と皆思っていた。密室の怪は未だに不明であるが、何はともあれ、男性の社会的地位は常に危険に晒されていると思って間違いないようだ。

           海賊船とオレンジカー 垂水
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ミッドタウンにある某大手商社のニューヨーク事務所に入社すると、さっそく部長が、チャイニーズレストランで歓迎会を開いてくれた。アメリカ人同僚も混じり和気藹々の雰囲気。いい会社だ。

毎日アメリカ人が持ってくる仕事の話を最後まで聞いて、ビジネスになりそうかどうか見究めるのが私の役目。ニュージャージーから来たアメリカ人が一途に話し終えて帰った後、事件は起こった。
 
東京本社から出張でやってきた黒々とした髪の商社マンがフロアの真ん中に立ち、「ああ、熱い!」と叫んだかと思うと、髪の毛を掴んですぽっと頭から外したのである。次の瞬間、照明を浴びてピカピカ光る頭が現れた。アメリカ人の女性職員が「キャーッ」と叫び、他の者は皆唖然。

次の日、係長がぼやいていた。「あいつ、英語で会議中、自分の発表の番が来ると、トイレにこもって出て来んかった。何のための出張や」その後、「アホ」と言ったような気がするが定かではない。

ロスに急遽引越しをすることになり、その商社は短期間で辞めざるを得なくなった。何よりも私を入社させるため奔走して、ビザを取ってくれた部長に申し訳なくて。

ちなみに、ピカピカ頭さんは、あの後すぐに髪の毛をかぶりなおしました、涼しい顔をして。毎日面白いことが起こったあの商社には、もっと長くいたかったなあ。

         ユニバーサルスタジオ駅の空
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ロサンゼルスではバーバンクに住んでいた。ハリウッドに比べて目立たないが、実際の映画の製作はバーバンクでされているものが多い。バーバンクからハリウッドまでは車で30分弱。毎朝、だんなが子供を乗せてガレージを出て右に曲がり、私は少し左にハンドルのぶれる車に乗って左に曲がった。

通勤はいたって、快適。ユニバーサル社が、映画撮影用のオープンセットを建設するためのバックロット(緑地)、およびワーナー・ブラザーズ社のスタジオ、そしてユニバーサル・スタジオの前を通ってハリウッドに向う。
 
ところが、大変なことが起きた。入社して暫くたったころ、突然会社がUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のあるウェストウッドに引越しをすることになったのだ。

距離にして今までの二倍以上はある。勿論それだけ時間もかかる。朝のフリーウェイ(日本の高速道路)は、五車線でものろのろ運転が多い。あまりの渋滞に切れたマイケル・ラグラスが銃をぶっ放した、あの映画の通りである。

フリーウェイだけを通っていては会社に間に合わない。そこで、他の車の真似をして、瀟洒な住宅街を縫って走る一般道を抜けたりしながら、何とか遅刻をせずにウェストウッドに通い続けた。毎朝必死である。車を飛ばしながら考えた。ああ、ユニバーサル・スタジオの前を通って通勤していた頃は天国だったな、と。

今日久しぶりにユニバーサルシティでアイスティを飲みながら、ルンルン気分で毎朝ハリウッドに通っていた頃を懐かしく思い出した。いいことは長く続かない。

           ユニバーサルスタジオ入り口




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アトランタのジョージアテック附属英語コースにいたとき、十日間の休みを利用してグレイハウンドバスでニューヨークに遊びに行きました。途中ワシントンで突然の雨に困っているとき、カサをさしかけてくれた親切な人と出会いました。

メイン州に住んでいるというその人は、「ニューヨークに行って困ったことがあれば、ここに電話をするといい。友達のピアニストで、とてもいい人だから」と言って、電話番号を書いた紙をくれました。たった五分間の知り合いなのに、親切なこと。

ニューヨークにバスが到着して驚きました。バスディーポは、ありとあらゆるバスが40ラインも発着する超巨大バスターミナルなのだったのです。のんびりしたアトランタから来ると、周りにいる人たちもちょっと怖く思えました。バスディーポの外にも、なかなか足を踏み出せません。

途方にくれているとき思い出したのは、あの紙切れ。さっそく藁にもすがる思いで、電話をかけてみました。受話器の向こうからは、明るい日本語が返ってきました。「初めてのニューヨークで、バスディーポは心配ですね」

彼の指示で一旦電話を切った後、又電話をすると、ある地下鉄の駅の名前を言い、行き方を丁寧に説明してくれました。「その駅まで僕の女性マネージャーが迎えに行くから、彼女の家に泊めてもらうといい。本人がそう言っているから」

彼はニューヨーク及びメイン州を中心に活躍している日本人ピアニストで、マネージャーはお金持ちのアメリカ人の奥様でした。結局、忙しいピアニストには一度も会わずに、マネージャーの邸宅に一週間も泊めてもらい、ご主人の経営する会社のパーティにも招かれました。

マネージャー氏は新人音楽家を発掘するオーディションにも、車に私を乗せて連れて行ってくれました。途中で帰るとき、若い音楽家が必死で言った言葉が忘れられません。「僕の演奏を聞かずに帰らないで!」

アメリカには日本の物差しで計ることのできない日本人がいます。そして、見知らぬ他人を一週間も歓待してくれる大らかなアメリカ人も……

             サンフランシスコ正常
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こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当山本です今日のテーマは「初めて飼ったペットのお名前は?」です。 皆さん、初めて飼ったペットって覚えていますか?私は初めて飼ったペットは、出店でゲットした金魚なのですが、可愛い名前にしたくて、一生懸命ひねり出してつけた思い出があります。きらきら光って綺麗だったので、名前はコウちゃんでしたもちろん、いつ飼ったペットにしろ、名前ってとても重要で、どれも思い...
トラックバックテーマ 第1508回「初めて飼ったペットのお名前は?」



初めて飼ったペットは白茶猫で、名前は『チェリ』でした。叔父夫妻が引越しをするときに譲り受けた猫なので、遠慮がちに暮らしていました。

ある夏の朝、息苦しさを感じて目を覚ますと、チェリが私の胸と首の間に乗って寝ていました。大きな猫だったのでもう少しで窒息するところでした。

かなり年になってから、チェリは若い恋人を見つけて家出しました。家出先は友達の家。「うちに住み込んでいる猫、あなたんちの猫じゃない?」と言われて見に行くと、チェリでした、ちゃっかり、かわいい雌猫と寄り添って…… そのまま、そこで余生を終えました。愛を貫いた、大した猫です。

           白茶猫
        
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クアラルンプールからマレー鉄道に乗った。目指すはシンガポールのラッフルズホテル。車窓の景色を眺めながら、楽しそうに騒ぐヨーロッパの若者に、「ねえ、あんたたち少し静かにしてよ。雰囲気を楽しんでいるんだから」とチクリ。イギリスのやんちゃ坊主は肩をすくめていたが、まわりは心持静かになった。

シンガポールに着くと、先ずラッフルズに駆け込んだ。ここに泊まれなければシンガポールに来た意味が(殆ど)ない。ところがガックリ、部屋は満室だった。泣きながら周囲のホテルを見て回る。すると何と『京都ホテル』という懐かしい名まえの看板が見えた。

結局ラッフルズのそばに建っている『京都ホテル』に三日間泊まり、毎日ラッフルズに入り浸る。ヘミングウェイやサマセットモームが愛したライターズバーでシンガポールスリングを飲み、素敵な中庭を見渡すカフェでお茶をする。ああ、いつか私もこのホテルに長期滞在して、執筆活動に励めたらいいな、なんてありえない想像をしながら。

旅というものは、いろんな場所に体を運んでくれるだけではなく、その場所で過去に起こった出来事、人々、そういったものとの心の繫がりというものをもたらせてくれる。欧米文学をこよなく愛した私は、ラッフルズホテルで偉大なライター達のスピリッツを感じ、時間を共有できた。

シンガポール観光はそれなりにすませたが、最も好きだった場所は『蘭の植物園』だった。あらゆる種類の蘭が美しく咲き誇り、時間があればもっとゆっくり観賞したかった。

必ず今度はラッフルズを予約してシンガポールに戻り、再びライターズバーでシンガポールスリングを飲み、物凄いミステリーを書くぞ! そうよ、次は絶対に『京都ホテル』でお茶を濁さないぞ、なーんて、あれ以来づっとリベンジを考えているのである。

        蘭
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こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当藤本です今日のテーマは「あなたの好きな英単語」です。英語は得意ですか?得意じゃなくてもなんとなくで単語を覚えていたりしませんか?あなたの中でお気に入りの英単語を今回はお伺いしたいと思います私は英語だめだめなのですが英単語を覚えることはとても好きで少しばかり多めに覚えている方かと・・・そんな中で私の好きな英単語は【OVER】です【OVER】ってなんかよ...
トラックバックテーマ 第1507回「あなたの好きな英単語」



COOLです。何事も、けっこうあれこれ周りの人の気持ちとか状況とか考えて行動するタイプなので、へんな取り越し苦労も多い私。なーんて書くと、「正反対だ!」なんて大昔からの友達に一喝されそうですが、人はどうあれ自分ではそうなのです。

そこで、何事にもCOOLに対処し、げらげら笑いではなくCOOLに口の端を少しだけ上げて笑うような、そんな人に私はなりたい。電車の中でも周りをはばからずに、大声でしゃべりあっている(わめきあっている)人たちを目にすると、そばに言って一言「COOL!」って言いたくなります。だって、とっても アンチCOOLなのですもの。

      空
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フィリピンはその国民性が好きで、よく行った国です。あるとき、マニラの街を散歩していると、小学校へ上がる前くらいの子供達が五人やってきて、手を差し出して言いました。「ペソをちょうだい」

小さいのに、みんな怖い顔をしています。子供にお金を上げるのはいやなので、五人引き連れてフランチャイズのドーナツ屋さんに連れて行きました。ピンクの日除けのかかったドーナツ屋さんの前で、最初子供達は入るのをためらっていました。

「好きなドーナツを一つずつ選んでいいのよ」と言うと、いっせいに中に入って真剣に並んでいるドーナツを吟味しています。やがて、ドーナツを手に持って、子供達が店の外に出てきました。子供達の顔は、さっきとは別人のように明るく輝いていました。本来の子供の顔です。

驚いたことに、子供達は誰一人ドーナツにかぶりつきません、お腹がすいていたようなのに。そして私に「ありがとう」と言うと、それぞれ去っていきました。その後姿に向って、「なぜドーナツを食べないの?」と聞くと、みんな笑顔で振り向いて言いました。「家に帰って、兄弟と分けて食べる」

素敵なホテルのプールサイドに寝そべりながら、たった一つのドーナツを大切に抱えるようにして家に帰る子供達の姿がいつまでも頭から離れませんでした。五つのドーナツと引き換えに、いつまでも心に残る素敵なプレゼントをもらいました。

          南国のハス







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こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当加瀬です(^v^)/今日のテーマは「好きな猫の種類を教えて下さい!」です。加瀬は、何回かこのトラックバックテーマにも書きましたが猫を飼っていますモフモフとしたあの感触、気まぐれだけど、ふとした時に甘えてくるあの距離感がたまりません…猫好きの皆さんは、猫のこの種類が好き!というこだわりはありますか加瀬は、最近近所でウロウロしているシャム猫に心を奪われて...
トラックバックテーマ 第1506回「好きな猫の種類を教えて下さい!」



もともと白に茶色の水玉模様の入った猫(白茶猫)が好きだったのですが、チビに会ってからアメリカでいうところのオレンジキャット(橙色の虎猫)が好きになりました。この種の猫は私が見る限り、比較的穏やかで、愛らしい性格をしているようです。

チビというのは、宝塚に住んでいたとき、隣の家の裏庭に住んでいる庭猫が産んだ男の子です。よちよち歩きの頃から懐いてきて、寒い冬、我が家の玄関の前に立ち、中に入れて欲しそうにしていました。大きくなってからも、私が通るたびに、まるで犬のように後をついてきました。

チビは隣の家の庭に住み、ごはんだけはもらっていましたが家の中には入れてもらえませんでした。携帯で写した写真なのわかりにくいのですが、寒い日は陽だまりでひなたぼっこをしていました。

先週の土曜日、宝塚に行ったのでチビがいるかなと思って覗きに行くと、何と私が住んでいた建物の下に寝そべって待っていました。スリスリしてくるチビを残して帰ってくるのは辛かったわー。

           猫チビ  畑猫1
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アルジェリアの赤い砂漠のオアシス、ティミムーンからチュニジアに行くために、バスに乗った。砂漠の中を走るバスは行けども行けども同じような景色なので方向感覚がつかめない。でも現地の人だけしか乗っていないバスに揺られながら、ボーっと流れ行く砂漠を見つめているのは心安らぐ時間だ。

何時間もたったころ、ようやくガルダイアにバスは到着した。このままワルグラに行くと思っていたのに、車掌は「次はビスクラだ」と叫んだ。びっくりして、「降りる」と言うと、まだ子供の車掌は悲しそうな顔をして、「ビスクラはいいところだからビスクラに行こう」などと言う。未だにあの眉根を寄せた彼の顔と、ビスクラという名まえを、はっきりと覚えている。

ガルダイアに到着していた、ワルグラ行きのバスのステップに憤然として足をかけると、思いがけなく大きな声で「こんにちわ!」と日本語が聞こえてきた。見上げると日本人の若い女性三人が乗っていて、親しみやすい笑顔でこちらを見ていた。暫く日本語はおろか、英語も耳にしていない旅だったので、気が緩んでうれしーくなった。

三人は東京の大学生で卒業旅行とのこと。すっかり意気投合して、ワルグラに着くと四人でレストランに直行し、砂漠に向って乾杯をした。その後、砂漠で記念撮影をしたりして、久しぶりの日本語で楽しい時間を過ごした。

サハラ砂漠を好んで旅をするような人は同じルーツというようなものを持っているような気がする。とても初対面とは思えず、その後暫く一緒に旅をしたが、心の底から愉快だった。

     裁くの光と影
     
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中国本土からの観光客で溢れかえっているマカオのヴェネチアンホテルには、運河が流れゴンドラが浮んでいました。本物の運河に架かっていたようなアーチ型の橋もいくつか架かり、両側の通りにはおしゃれなレストランやブティックが並んでいます。

橋の上に立って青い人工の空の下に流れる運河を眺めていると、突然ミニタイムスリップをしました。場所は本家イタリアのヴェニスにあるサンマルコ広場、映画「旅情」にも出てきた出会いのカフェ『フローラ』
屋外の広場に出ているテーブルに陣取り、白い制服の気取ったギャルソンにアイスレモンティを頼んだ私。

「旅情」のメインロケがされたサン・マルコ広場は、サン・マルコ寺院にバールや大鐘楼があり、雰囲気抜群。映画を回顧しながら、ゆったりと飲むアイスティは最高の味になるはずでした、あの忌々しい蜂が現れるまでは……

ストローに口をつけたとたん、さわやかなイタリアンレモンで味付けされたアイスティが渇いたのどを潤してくれました。するとたちまち一匹の蜂(足長蜂の類)が現れ、手に持った私のレモンティを飲もうとグラス目がけて突進してきました。

追い払っても、追い払っても、蜂は怯むことなくレモンティを狙って私のテーブルの周りから離れません。旅情はどこかに吹っ飛んでいき、手を振り回して蜂を追っ払うことで、カフェ『フローラ』での貴重な時間を浪費した私。グスン、何で現れるのよ、一生恨んでやる、と蜂に言いながら。

いつもヴェニスと聞くと、先ず思い出すのはあの蜂。そして今、マカオのヴェネチアンホテルと聞くと、思い出すのは中国本土からの観光客の大群。それはそうと、たそがれ日本にも是非大挙して来ていただきたいわね、もちろん蜂ではない方。

      ベネチアンホテル ゴンドラ




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海 夏碧

Author:海 夏碧
自分の足で歩き回った国は60ヶ国以上、ニューヨークとLAで会社勤めを経験。一人で子育てをしながら、外資系の会社の管理職を歴任。アイスバーンを運転してスキー場に行き、タンクを背負ってサンゴ礁を遊泳。目下、楽しめる起業を模索中。


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