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八月二十八日、マカオから夜八時のフェリーに乗って香港の上環に着いた。(時間が気になるなら、フェリーは是非予約をしてね。チケットは結構売り切れになるみたい。ホテルのコンシェルジェが一割の手数料で、切符を手に入れてくれます)ちなみに普通席は170香港ドル。

九時に着き、香港エアポートイクスプレス(機場快線 MTR)で空港に向おうとしたら、上環から中環(セントラル)まで地下鉄で一駅行き、そこでMTRに乗り換えなさいと道行く人が教えてくれた。

地下鉄上環駅でコインを入れて切符を買おうとするのだが、コインの入れ口が閉まっていてお金が入らない。駅員に聞くと、ともかく切符を買って中環で乗換えとしか言わない。二度トライしたが、二度とも同じことを言われた、ブツブツ。

しかたないので、通りかかった若者二人に聞くと、コインを入れる前に、設置してある地図上で行き先をプッシュしなければならないとのこと。ようやく切符を手に入れると、二人は1番プラットフォームに行くようにと言い、私が間違いなく行けるかどうか確かめてからバイバイと去っていった。

セントラルに着くと、そこから空港までたったの24分で、お値段はA11路線バスの三倍強の100香港ドル。でも地下鉄で移動したり、セントラルで乗り換えのため歩いたりすることを考えると、A11路線バスで行くほうが早かったかもしれない。

空港に夜10時過ぎくらいに着くと、何と免税店は閉まっていた。やっているのは、出発ロビーにある食べ物やさんだけ。スパイシーチキンとビールを買って、ロビーを見下ろせる場所で、ひとまず乾杯。ホッと一息。

ところが、ヌードルの入ったスパイシーチキンが飛び上がるほど辛くて、汗だくになりながら食べた。こめかみの辺りがぴくぴくした。香港空港で何か食べるとき、スパイシーチキンだけは覚悟して食べてね。



            香港夜景


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マカオで見学したカジノホテルは、SANDS、ベネティアン、MGM そしてギャラクシー。このうちギャラクシー以外のカジノでスロットマシーンを楽しんだ。

SANDSとベネティアンは同系列でシャトルバスが行き来していて便利。SANDSはマカオ半島側、ベネティアンはタイパにあり、すぐ横にギャラクシーもある。

主にMGMとベネティアンでスロットをやり、あまり損をしない方法を見つけた。これを徹底させると必勝法につながると確信。カジノの雰囲気やスロットマシーンのジャラジャラ感を楽しみたい人だけ読んでね。

1ドル、50セント、20セント、10セント、5セント、(MGMには2セントもあった)と表示されているマシーンのうち、できるだけ小額の台で始める。

一回1枚で賭けても、あまり意味がないので、5枚から12枚くらいを一度に賭ける台を選ぶ。選ぶにあたって、よく出ている台があれば記憶をしておき、空いたらすぐそこに座る。

それなりの台には、よく出る時間帯があるので、それを逃さず早く打ち、出なくなったら暫く様子を見てすぐ止める。台に清算(に類似する言葉)と書かれている釦があるので押す。すると左上部から金額の書いてある紙が出てくるので保管。後でキャッシャーでお金に換えてもらう。

小額コインのスロットマシーンには結構出る台があるが、たくさん出た後ピタッと出なくなり、残りを吸い込まれてしまうので、賭けた金額以上のところで、上記清算を行う。決して無くなるまで待ってはいけない。

良く出たのに全部吸い込まれてしまった場合は、その台は諦める。お金を入れてもすぐに無くなるケースが多い。スロットマシーンはパチンコと似ていて、出る台かどうかで左右されるので、ちょっと出たくらいでゼロになったら次のお金を入れない。

腹が減ったら戦はできないし、眠くても戦に負けるので、コンディションの良い状態、時間がとれる状態のときにスロットマシーンで勝負をする。

なーんだ、くだらないと思われる方も多いでしょうが、ちびちびチョコチョコやっていると長時間あまりお金を使わずに楽しめ、フリーの飲み物は飲み放題(ノンアルだけ)、煙草の好きな人は吸い放題、まわりは中国本土からの人ばかりで気楽、ファンファーレが鳴ってジャカジャカ出てくるときの胸の高鳴り、等々ストレス解消に最適。

私はライオンさんが入り口で頑張っているMGMが今回は一番良かった。2セント台で思いのたけを楽しめたわよ。ジャックポット! と表示が出たので100万円くらい出てくるかと胸躍らせたら150円だったけど…… 

        MGM工事中 小


            


          
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行ってきました、ピーチ航空深夜香港到着、深夜過ぎ香港離陸明け方関空着即仕事コース。こうやって漢字を並べて書くと中国語みたいね。

八月二十五日香港空港に十二時前に到着。イミグレもどどどっと駆け抜け、預け荷物は無いのでそのままN11のバス乗り場へ。途中少なくとも五人くらいに聞いたわね。「ナイトバス、上環(シャンフォワンってイケメンが書いてくれた)、マカオフェリー!」って。

ナイトバスは怖いスピードで上環へ。フェリーターミナルへマカオ人らしき父子の後をつけて即行。二時半のフェリーに無事上船, もちろん香港のイミグレを出てから。フェリーの中でうつらうつら。

マカオ到着三時半、イミグレを出ると三十七分。ガラガラと荷物を引きずりながら一路目指すのは船からも見えたSANDSホテル兼カジノ。どどどっと歩くこと十五分。無事到着。何をしているのかフィッシャーマンズワーフの前にいた若者に写真を撮ってもらった。バックに見えるのがSANDSカジノよ。

朝まで小額のスロットマシーンを楽しむ。その間、コーヒーを三度いただく、無料で。やりました、香港深夜着、マカオ丑三つ時到着、朝までカジノコース、女一人旅。

予約したホテルはハワイのリゾートホテルのような、SANDSの隣組のグランド・ラパ・マンダリン・オリエンタルホテル。朝になるとさっそく荷物を預けて、正午に部屋が開くまで街へ飛び出した。胸がわくわく!

        サンズ前到着
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こんにちは!トラックバックテーマ担当の藤本です今日のテーマは「モテる人の定義は?」です!こんにちは!みなさんが思うモテる人ってどんな人物でしょうか?私が勝手に個人的に思うモテる人は、、異性も同性もそうですが「気がつけばその人のペース」というのに巻き込むのがとても上手な人なんじゃないだろうか。。と思います。言い換えれば自己中になってしまいそうですが気がつけば・・ってところですねあれれ?と自然にその人...
トラックバックテーマ 第1501回「モテる人の定義は?」



本当にもてる人って、もてようとしないひとじゃないかしら。そんなことをしなくても人をひきつける魅力のある人、つまり生き方が素敵な人よね。もちろん、いろんな人がいるから一概には言えないけれど、今まで見てきてそう思います。素敵に生きていれば、異性が放っておきません、これホント。
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今夜、いよいよ香港経由でマカオへ。問題は深夜香港着、ナイトバスで上環へ、マカオ着丑三つ時というスケジュール。バスの中で眠ってしまって、気がつくとどこにいるかわからないなんてことにならないかしら。

やはり朝まで空港にいて、朝一のバスで香港中心部に行き、庶民に混じって朝粥など食べてからマカオのほうがいいかしら、なんてあれこれ考えるのも旅の楽しみの一つ。

バンコクの空港で夜を明かしたことが会った。あの頃は元気溌剌だったので、荷物を枕にして毛布をかぶって寝ていた。日本人のおばさま達がしのび足で寄ってきて、私の寝顔を覗き込み「日本人かしら?」

リュックを背負って世界中の空港をうろうろしていると、よく聞かれた、ワンピースを着た日本のおば様たちに。「日本人ですか?」

結局人間って幾つになっても同じ生き方しかできないんだなと、つくづく思う。さすがにリュックは背負わないけれど、旅のコンセプトは変わらない。

           香港国際空港




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ニューヨークの夏の暑さはどこにも負けない。そこで噂に聞いたカナダとの国境に近い避暑地、メイン週のバーハーバーで休暇を過ごすことにした。

マンハッタンのペン・ステーションからアムトラックでボストンのサウス・ステーションに到着。ボストン茶会事件(1773年12月16日に、イギリスの植民地政策に怒った植民地人の急進派が、イギリス東インド会社の船荷の紅茶箱をボストン湾に投棄した)の現場に急行。

こういう反骨精神は好き。英語でBoston tea party といわれるこの事件は、今アメリカで盛んなTea Party に結びつくのね。ふうん、なるほど。

夕方、メイン州行き長距離バスの出るバス・ディーポに行くと、何とバスの出るのは翌朝六時。市内は観光客でごった返していて近くのホテルは満員だ。仕方がないので、バスディーポで朝までバスを待つことにした。外のベンチなので、とても暑い。

周りでは、ラジカセのボリュームをいっぱいにして、黒人の若者達がしゃべったり踊ったりしていた。あまりにうるさいので、「ねえ、ちょっと静かにしてくれる」とか「ラジカセのボリューム落としてよ」と注意して回った私。

多分そんなことを言われたことがない彼らは最初はポカーンとして私を見た。そして、その後大声で笑い始めた。すると、そこにフランク・ルーズベルトの子孫のような紳士が現れて、私を手招きする。

連れて行かれたのは、バスディーポの端に立っている小さい建物の中のマネージャー室。彼は親戚のおじさんのような顔をして言った。「朝バスが来るまでここにいなさい。絶対外に出てはいけない。言いつけを守ると、おいしい朝ごはんを持ってくるからね」

その後、外から鍵をかけると、彼は帰ってしまった。部屋は冷房が入っていて快適そのもの。私はソファで朝までぐっすり。極楽、極楽。

翌朝、マネージャー氏は、手にクリームチーズとブルーベリージャムをサンドしたベーグルとアメリカンコーヒーを持って登場。にこにこしながら、朝一のバスに乗る私を見送ってくれた。

もし、あの時あのマネージャー氏がいなかったらと思うと…… 彼のとった適切な行動を本当にありがたく思う。ホットなボストンの夜に起こった、ホットでハートフルなエピソードです。

         夜のボストンハーバー
           


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アラバマ州モービルにあるスプリングヒルカレッジ付属の語学コースを一ヶ月で終えることにしたとき、一緒に勉強して(遊んで)いた仲間とキーウェストに卒業旅行(!)に行った。

キーウェストにはフロリダ半島から続く国道US-1号線を通って行った。島から島へと延々とさんご礁の海の上にかかる橋を渡っていくこの道路はオーバーシーズ・ハイウェイと呼ばれ、世界でも類を見ない美しいハイウェイである。途中、有名なセブンマイル・ブリッジを渡った。

ただ、途中宿泊したロッジには信じられないくらい蚤がいて、みんな夜中に大騒ぎ。忘れられない旅行になった。

キーウェストに着くと早速島内を散策。天井にプロペラ型の扇風機が回るレトロな雰囲気のバーに入ると、中にいるのは男性ばかり。何やら、妖しげな雰囲気。後で知ったのだが、そこはゲイの男性の社交場だった。ふうん、なるほど。

キーウェストをこよなく愛したヘミングウェイが晩年を過ごした家に行った。彼は32歳から41歳までの約8年間を二度目の妻、ポーリンとともに、ここで暮らした。

家の中にはヘミングウェイとその家族が使っていた様々な調度品が置いてあり、家を取り巻く広い庭には熱帯の植物が生い茂り、ヘミングウェイが飼っていた猫たちの子孫がたくさんいた。猫好きの私にはたまらない場所だった。

ヘミングウェイの晩年の海洋小説”老人と海”を思い出しながら眺めたキーウェストの海は、きっと今日も陽の光を浴びてキラキラと輝いていることだろう。自由な時間がたっぷりあれば、今すぐにでも飛んで行きたい場所だ。
                
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マンハッタンには好きな場所が幾つかある。その中でも、最も好きな場所の一つがグランド・セントラル・ステーションだ。

グランド・セントラル・ターミナル(正式名称)は通勤列車が多く発着し、1860年代に完成した。建物は古典主義風のボザール様式で、天井が高く床は大理石だ。1966年に高層ビルに立て替える計画が公表されたが、ニューヨーク市やジャクリーン・ケネディさんたちの反対により中止。本当に良かった!

マディソン・アベニューから入ったすぐのところ、駅の構内を俯瞰する場所にバーがある。そこに座り、足早にプラットフォームに急ぐ人々を見ながら、よく冷えたロック(ビールの銘柄)を飲む。これぞニューヨークに住む醍醐味。あなたも是非やってみて。

グランドセントラル・ターミナルから発着するメトロノース鉄道沿線、ウエスト・チェスター郡などは緑豊かで素晴らしい住環境だ。取材に何度か出かけたが、日本人駐在員の奥様方がお茶をしているのを見た。80年代後半には、マンハッタンからウェストチェスター郡に帰る日本人ビジネスマンが多く利用していたので、”オリエントイクスプレス”と呼ばれていたとのこと。今は昔……

ああ、秋も深まる頃、グランド・セントラル・ターミナルのオイスターバーで冷えたワインを飲みながら、レモンを絞って食べたオイスターの美味しかったこと。秋のニューヨークには、きっと誰もが感じる懐かしさがある。
           
          グランドセントラルターミナル



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バンコクで、インド行きの安いチケットを買った。そして憧れのインド、それもインド初心者には強烈なカルカッタに飛んだ。

カルカッタの街を歩いて仰天した。車、オートバイ、リクシャ、自転車に混じって牛や山羊、そしてイノシシもどきまで道を歩いている。でも一番驚いたのは喜捨を求めて寄ってくる人々の多さ。ああ、何たる混沌。

市内バスに乗るのは時として死に物狂いだ。入り口から外にはみ出しそうになっている人の群れをかき分けて、何とか中に納まる。郷に入れば郷に従えを実践しなければどこにも行けない。

そうして行った貧民窟(ガイドブック曰く)で見た子供たちの笑顔は、太陽みたいに明るかった。その集落では、神様である牛があちこちに頃合いの間隔を置いて寝そべっていた。

あきれたことに子供達は、はだしで牛のお腹からお腹へ飛んで遊んでいた。牛は口をもぐもぐ動かしながら、のほほんと寝そべったままだ。その大らかさが素敵。

インドは、私にとって四次元の世界だ。生死について考えるなら、あれほどふさわしい場所はないだろう。永遠のときが、たゆまずに流れているのだから。時々無性に帰りたくなる。

               ガンジス川
 
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ニューヨークで出産して驚いた。アメリカでは出産後三日で病院を出なくてはいけない。

予定日より二週間前の朝、さて出勤しようと立ち上がるとお腹のあたりに不穏な気配。これは陣痛か?即、地下鉄で出勤するのは中止して、ダンナの運転する車に乗り込んだ。

クィーンズとマンハッタンを繋ぐクィーンズボロ橋を通って、車は一路セントラルパークウェストに近い病院を目指して疾走。

病院に着いて診察してもらうと、まだまだ大丈夫、今日のところは帰りなさいと言われた。信じられないことに、その後私はトコトコ、ロウアーマンハッタンにある会社に行ったのである。

その数日後、無事出産。生まれた子供の頭にはすぐ毛糸の帽子がかぶせられ、看護婦さんが「ほうら、かわいいパンプキンちゃん」と言いながら渡してくれた。

ニューヨーク在住の日本人女性達が赤ちゃんを見に来てくれた。皆赤ちゃんを見て感に堪えないような顔をしている。中には涙を流す子がいてびっくりした。ニューヨークで、弱みを見せまいと頑張って生きているので、赤ちゃんの顔を見て肩の力が抜けたのかな。

三日後、私は退院。子供は「新生児生理的黄疸」なので心配はいらないのに、病院が黄疸だと判断して三日間一人で病院に残された。いろんな人種の赤ちゃんに混じって寝ているところを見ると、確かに黄色かったけれど。

かくして私は出産後一週間もたたないうちに又、トコトコ地下鉄で通勤を始めたのである。でも出産前もギリギリまで働いて体を動かしていたせいか、お産はとても楽でした。

今お産が痛そうで怖いと言って子供を持つのをあきらめる人もいると聞きます。大丈夫、大丈夫、そんなに大したことではありません。アメリカでは直前まで働いて、三日で退院して、すぐ仕事に行くママがたくさんいるのですもの。
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アメリカの大きな会計事務所に勤めていたときのこと。ワールドトレードセンターの99階が私の職場だった。
毎朝50階でエレベーターを乗り換えて、99階まで上がった。98階から101階までを我が社が使っていた。97階には住友銀行があった。

360度のパノラマでニューヨーク市が一望できた。パートナーの部屋からは眼下に自由の女神が見えた。ヘリコプターが目の高さのところを飛んでいた。

子供が生まれてすぐ、職場に連れて行った。アメリカ人の女性スタッフ達がワーッと言いながら集まってきた。そして次々とバトンタッチして子供を抱っこしてくれ、他の階にまで連れて行ったらしく、暫く戻って来なかった。

赤ちゃんを見せてほしいと言われていたので出来立てホヤホヤを連れて行ったのだが、こんなに喜んでもらえるとは予想外だった。手造りの服や帽子、靴下など心のこもったプレゼントがうれしかった。

子供は天空の城にいるのも知らず、ずっとすやすやと眠っていた。生後一週間でワールドトレードセンターに上った子はうちの子くらいじゃないかしら。 
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ニューヨークで在米アメリカ人向けの新聞社の記者をしていたとき、いろんな人に取材をした。

ビジネス記事が主体だったので、一部上場企業のアメリカにおけるトップの方々にインタビューをして、後でテープ起こしをして記事を書いたことがあった。

商社や金融機関はニューヨーク市内に支店を構えていたが、製造業の場合ニュージャージーを始めとして近郊の都市まで足を伸ばした。

キャノンアメリカはロングアイランドにあった。応接室で緊張して待っていると、御手洗社長が笑顔で現れて、観音様を見せてくださった。

驚いた私は「えっ、キャノンという名前は観音様からきたのですか」と大声で聞いてしまった。社長は観音様のような穏やかな笑顔で首をたてに振られた。

後に経団連の会長になられたとき、履歴に司法試験を目指すが失敗しキャノンに入社と書いてあったのを見て、親しみを覚えた。私も一度受験して失敗し、すぐにベンチャー企業に就職したからである。

アメリカで出会った日本の一流企業のトップの人々には、オーラだけでなく人間としての魅力を兼ね備えている人が多かった。  大いに見習いたいと思ったのであるが、どうもそれは叶わなかったようだ。残念!
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こんにちは!トラックバックテーマ担当の加瀬です(^v^)/今日のテーマは「とっておきの【怖い話】教えて下さい…!」です!夏といえば「怖い話」ですよね…!最近テレビでよく怪談特集をしているのを見かけます怖い話が大好き...
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今でもあれは何だったのだろうと思う怖い話があります。女性二人で神津島でテントを張ってキャンプをしていたときのこと。

海に泳ぎに行く前は、周りにテントがたくさんあったんですね。それが、泳ぎから帰ってくると、何とちょっとした原っぱに、あるのは我々二人のテントだけ。

夜寝ていると、突然テントが揺れ始めた。まるで二メートルくらいの大男がテントのテッペンを持って揺すっているような感じで。その後、木刀のようなもので、テントの表面をザザッ、ザザッとなぞるような音。それも、テントが内側にひしゃげそうになるくらいの強い力で。

震え上がった私は無我夢中でテントの小さな小窓から手を突き出した。そして、掴んだものは……やせ細った人間の手首(か、手首のようなもの)。ギャーッと叫んだ後、掴んでいた手を放して引っ込めた。

「誰?」と叫びながら、友達がテントの外に出た。私も後に続く。辺りはシーンとして誰一人、何一つ見つからなかった。つい今しがた、私が掴んだ手首の持ち主はどこに行ったの? 今度は二人分のギャーが島中に響き渡った。

その声を聞きつけて、遠くでテントを張っていた高校生が数人やってきた。事情を説明すると、彼らは辺りを捜索し始めた。「やい、てめえ、出て来い!」「何してやがる!」などと、口々に叫びながら。

「こっちの方が怖いかも」と友達がそっと私に耳打ちしたので、二人で噴出した。
結局、何も見つからなかった。その後、高校生たちに手伝ってもらって人気のあるところにテントを移動して事なきを得た。

でも、今でも時々思う。あれは何だったんだろうと。何となく思い当たる節があるけど言えません。怖いから。
                 
                       ビーチ
                 

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関西空港を発着する格安航空会社で香港往復のチケットを買った。ウフフ、マカオに行くのである。

ホテルはもちろん、素敵なガーデンと大きなプールのあるラグジュアリーホテル。ここでもウフフ。

カジノを覗いて、そこにいる人の中から次のミステリーの登場人物を探そう。ビジネスチャンス(!)を発見しに、ビジネスセンターにインタビューをしに行こう。

ヨーロピアンムードたっぷりの街を散策し、聖ポール天主堂跡の近くで売っている物凄くおいしいエッグタルトを三ついっぺんに食べよう...楽しいことがたくさんあるのである。

ただ問題は飛行機の到着時間。夜中に着くので、その後が問題。あれこれ悩んでいたが、昨夜素晴らしい解決策を発見! 旅がぐっと楽しみになった。

深夜バス(あるのを初めて知った)で上環(ションワン)まで行き、そこからマカオにフェリーで渡る。多分丑三つ時くらいにマカオに到着。カジノで朝まで過ごす。

ラグジュアリーホテルには午前中チェックインをしたいとリクエストを出しているので、頃合いの時間に行き、プールに飛び込む。南国の植物を見ながら、デッキチェアーで少し寝る。ああ、完璧。

帰りはミッドナイト過ぎに飛び立ち、関西空港に朝五時半に到着。そのまま行くのですよ、会社に。寝不足出勤はオリンピックでトレーニング済み。ウフフ……

              プール1


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ロサンゼルスで勤めていた頃、仕事が終ると先ず託児所に子供を迎えに行った。

子供は後部座席にしっかり取り付けたチャイルドシートに座らせなければならない。そこに座らせると最初よく大声で泣いた。

高速に入り、ダウンタウンにあるダンナの職場に向う。職場に着くと、アメリカ人をご主人に持つ日本人の奥様たちが集まってきて、息子を抱き取ってくれた。

ダンナに息子を預けた後、同じダウンタウンでも夜になると危険だといわれている地域にあるUCLAの社会人向け講座に向う。

そこで財務経理を学んでいたのであるが、クラスメートにはアメリカ人サラリーマンが多かった。皆ステップアップを目指して一生懸命勉強をしていた。

一度テストを返してもらったとき、どう見ても点数が0に見えた。ギョッとして先生に聞きにいくと、100点だと言われた。じゃあ、ちゃんと100と書けばいいのに。ブツブツ。

授業が終って帰るときが大変。先ず車の周りに怪しい人影がいないかチェック。いないことを確認すると、サッと車に駆け寄る。今度は、中に怪しい者がいないかチェック。いなければ、後ろを振り返り誰もいないことを確かめて車に素早く乗り込む。急いでキーを回し、アクセルを踏みゴー!

アメリカではあちこちに、社会人が勉強できるシステムがある。「これでいいのだ」とあきらめず挑戦し続ける多くのアメリカ人。UCLAイクステンションセンターでは多くのことを学ばせてもらった。
                    
               アメリカのまっすぐな道
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ローマの夜、カラカラ大浴場で見た世界最古のラブストーリー『アイーダ』は圧巻だった!

ファラオが支配する強大な王国を舞台に、エジプトの将軍ラダメスと、 敵国であるエチオピアの王女アイーダとの「愛」を描いた物語。

ライトアップされたカラカラ大浴場にいるだけでも、古代ローマにタイムスリップしたかのようにゾワリ。そこに古代装束に身を包んだきらびやかなオペラ歌手が次々と現れ、素晴らしい歌声が夜空に轟く。

あまりの素晴らしさに時を忘れて舞台にのめりこんでいた。そしてハッと気がつくと、眠りこんでいた(アイーダ行進曲をバックグラウンドミュージックにして見た、これぞ正しく真夏の夜の夢)。

だって昼間、ギラギラと真夏の太陽の照りつけるフォロ・ロマーノの遺跡を、帽子もかぶらずに歩き回ってクタクタになっていたんだもん。

世界中好きな場所は数限りなくあるが、ローマは最も好きな都市の一つだ。初めてローマに着いたとき、テルミニ駅で食べたスパゲティの美味が今でも舌の上に残っている。
             
                 コロッセオ
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ニューヨークで在米日本人向けの新聞社で記者をしていたとき、大役が回ってきた。

アメリカン航空とタイアップした旅行特集を任されたのだ。

カリブ海への現地取材は好きな二島を選んでいいと言われた。

アメリカン航空で快適なフライト。そして先ず、着いたのはバルバドス。いそいそとタイアップしていたホテル、ヒルトンに入る。ああ、そこに広がっていたのは、究極のリゾートだった。

椰子の木に縁取られた敷地いっぱいに広がるプール、その先に見えるのは真っ白なビーチときらめくカリブ海。ここよ、ここなのよ、私の望んでいたのは!

部屋に入ると、ワアーと思わず叫んだ私。バルバドス人のベルボーイの驚愕の表情にも怯まず、思わずベランダに飛び出した。眼下いっぱいにさっきの景色が広がっていたのだ、もっと素晴らしい角度で。

取材は明日と決め込み、さっそく飛行機の中で夢中で読んでいたペーパーバックを持って、水着でプライベートビーチへダッシュ。

ここでも又、我がままを言って、ビーチパラソルとビーチデッキ・チェアを渚寸前まで運んでもらった。もちろん回りには私しかいない。素敵。

ああ、目の前に広がるトロピカルブルーのカリブ海、特注のカクテル・バルバドスハリケーンを飲みながら読むメッチャ面白いアメリカンミステリー。これ以上の幸せがあろうか。

もちろん翌日はタクシーをチャーターして島を回って取材をしましたよ、編集長。

おまけにその後、取材の体験ダイビングで、無理に潜らされて怖かったんだから。

ライセンスを取る前だったから、腰に錘をつけて潜ったら二度と浮き上がれないんじゃないかと思うわよ、普通。それでも仕事と思い、死に物狂いで潜ったんだから。なーんてちょっと言い訳がましいかな。

ともあれ、あれは我が人生最高のビジネス旅行(!)でした。  感謝感謝。

     トロピカルドリンク ビーチ2
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こんにちは!トラックバックテーマ担当の藤本です。今日のテーマは「おしゃれは○○から」です!みなさんおしゃれしていますか?どんなこだわりがりますか?おしゃれは足元から~と言いますがみなさんはどこにこだわりがありますか?私はおしゃれは髪型からと思います!全然今の自分の髪型にこだわりもなにもないのであまり大きな声で言えないですが・・髪型がおしゃれだとたとえラフな格好でもかっこよくみえたりしませんかみなさ...
トラックバックテーマ 第1487回「おしゃれは○○から」


やはり、髪型にこだわりますね。後は身に着けているものの色のコーディネートかな。

ただ本当のおしゃれは心からだと思います。いくら素敵な服を着ていても電車の中で化粧をしたりするのはバツです。

周りの人への配慮を欠かさないことが、おしゃれの大きな要素だと思うのですが…… 

又、怖いくらいの厚化粧もおしゃれじゃないですね。
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北アフリカのマグレブ三国を旅していたとき、モロッコとアルジェリアの国境を陸路で越えたことがあった。

先ず、マラケシュからバスでワルザザードへ向った。ワルザザードでバスを乗り換えて、アルジェリアのベシャールへ抜けようとしていたのである。

バスはアトラス山脈を越えて六時間ひた走る。真っ青な空には白い雲が浮び赤茶けた大地の向こうにはそれでも緑らしきものをまとった山が見えた。デジャブを感じる景色だ。

バスの中は寡黙な現地の人ばかり。マラケシュの通称クレージー広場でおしゃべりなモロッコ人を見てきた目には驚きだった。でも、その静けさが少し疲れていた旅人には心地良かった。

バスは終点ワルザザードに着いた。軽い砂嵐が吹く中をぶらぶらと歩き回った。地の果てに来たような気がした。さすが日本人はいないなと思い込んでいた。甘かった。

砂嵐の中から日の丸の鉢巻が現れたのである。ギョッとした。”地球の歩き方”を一心不乱に読みながら歩いてくる若者は戸惑ったような顔をしていた。大変なところに来てしまったと思っていたのだろうか。

オリンピックの競技会場で振られる日の丸を見ていて、ふとあのときの鉢巻を思い出した。
彼はあれからどうしたのだろう。
             
               砂漠と空




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行ってきました、清水寺の千日詣り。

京都は暑かったけど、祇園祭の頃のすさまじい暑さと比べると、微風も吹いていたしカナカナも鳴いていた。

京阪電車の祇園四条からトコトコ歩いて朱色の鳥居のある八坂神社へ。境内を入ってから左へ抜けて、高台寺方面へ。

二年坂と三年坂の坂を登って清水さんへ。通称、この坂辺りは試食坂。種類の豊富な生八橋と冷たいお茶をいただいてから、漬物やさんで美味しい京の漬物をいただくというコース。

坂の途中にあった覗きニャンコのお店をパチリ。

坂は効率の良い千日詣りに行く人、行って帰る人でラッシュアワーの梅田くらいの人混み。まあ、東京のすさまじいラッシュとまではいきませんが。

ゆらゆらと揺れるロウソクの灯に浮かび上がった仏様に、手を会わせて願い事の成就をお祈り。周りは、熱心に祈る一般大衆でいっぱい。「いいな、いいな、人間っていいな」(日本昔話のテーマ曲)って、思わず口ずさんでしまった私。

あらゆる国の言葉が飛び交う清水の舞台から下を除くと、目に痛いような緑と蝉の声。ああいう場所では皆いい顔をしているものなのね。

帰りは茶わん坂を下って京阪の五条駅に出た。そしてそこから、ひんやりとした電車に乗って帰宅。

夜はレスリング男子フリースタイルの66キロ級で 米満達弘選手が金メダルを獲得する瞬間を目撃。ああ、今日は、いやもう昨日だ、とにかく良い一日だった。

のぞき猫 清水寺正面
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いやあ、今朝テレビをつけると調度ボクシングミドル級の決勝戦が始まったところ。村田諒太選手と相手はものすごく強そうなE・ファルカン(ブラジル)。

ハラハラドキドキしながら見守ること九分、村田選手の手が挙がった。1964年東京オリンピックでバンタム級チャンピオンになった桜井孝雄選手以来、日本選手48年ぶりの金メダル獲得の快挙。

柔道、サッカー、卓球とメダルを取れそうで取れなかった男性陣のリベンジを果たした彼。日本でお留守番の一歳半の坊やの良きパパ、本当におめでとう!

昨夜の女子バレー、銅メダルをかけて日韓対決。ストレート勝ちで一昨日の男子サッカー敗北のリベンジを果たした。やったね!きっと、どじょうさんもお喜び(かしら)。

さあ、勢いづいたところで千日詣へ行く私。清水寺の千日詣は、一日のお参りで千日詣でたのと同じご利益が授かるとされているもので、8月9日から16日まで。一日で千日なんて超効率的、行かなきゃ損々(罰が当たりませんように)。

オリンピック大好き。リベンジ大好き。たくさんの感動をありがとう!清水さんにも日本選手大活躍のお礼をしなくっちゃ。

            清水寺正面
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博多まで新幹線で行き、博多どんたくをチラリと見て、プサンへ船で行くという手段をとった。

ゴールデンウィーク直前に思いついたので、行ける海外はプサンだけしかなかったのである。

博多ラーメンを食べに有名店に駆けつけたが、長い行列ができていた。一帯のラーメン屋にもそれなりの列ができている。

ラーメンは帰りに食べることにして、バスで港まで行った。

船は早く快適で、アッという間にプサンに着いた(気がした)。

翌朝プサン駅から韓国の新幹線に乗り、ソウルへ。そこで急行に乗り換えて春川(チュンチョン)へ。

船代だけではなく「新幹線も含めて国内鉄道乗り放題」というお得なチケットを持っていたのだ。

チュンチョンでは駅前の銀行(!)に荷物を預けて、冬ソナでユジンとチュンサンが楽しい時間を過ごした湖の中にある島に向った。

若い女の子の二人連れと一緒にタクシーで船着場まで行くと、タクシー代を払ってくれた。
「日本から来てもらった、御礼よ」と言うのである。

島はユジンとチュンさん気取りのカップルで溢れていたが子供の団体も多く、とてもロマンティックな雰囲気ではなかった。

でも、名シーンが撮られた並木道を歩いたり、二人が小さな雪だるまを持ってファーストキスをしたベンチに座ったりして十分雰囲気を楽しむことができた。

もちろん、そのベンチに座るための列ができていたが。

ソウルに泊まり、カジノを覗き、プルコギを食べ、そして又新幹線でプサンに戻った。プサンではガイドブックに載っているレストランに行き、おいしい物をたっぷり食べた。

翌日、博多行きの船が出る港まで小雨の中を傘無しで歩いていると、ハンサムな商店主が追いかけてきた。「濡れるから、この傘を持っていきなさい。傘は港に置いておいたらいいから」と言って。

韓国はおいしいだけではなく、優しかった。
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今朝、早起きして見た男子サッカーロンドンオリンピック三位決定戦の日韓激突!

ここまで勝ち進んできた日本のサッカーをさせてもらえず敗退。

オリンピックの全競技場で試合をしたのは男子日本チームだけとのこと。かわいそうに疲れていたのでしょう。

おまけに相手が日本となると俄然ふんばる韓国。

昨日もイミョンパク大統領が竹島を訪問したといって、日本は大騒ぎ。

不思議なんだけど、竹島が日本の領土ならどうして占拠させたままにしておくのかしら。

きちんと対処していないから、パスポートも持たずに政権末期の大統領が人気取りのために来たりするのよ。

男子サッカーが韓国に敗れた腹いせに、及び腰の日本政府にぷんぷんする私。

「しっかりしてや!」と大阪の中心で檄を飛ばす。
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こんにちは!トラックバックテーマ担当の加瀬です(^v^)/今日のテーマは「銭湯へは行きますか?」です!加瀬はお風呂に入る時は、自宅ではシャワーでパパッと済ませてあまり湯船にはつかりませんお風呂が嫌い、という訳ではないのですが、お風呂にはそんなに時間をかけたくない、という感じで、結構ドライな考えをしています…。そんな加瀬も、たまに銭湯に出かけたくなる衝動にかられます加瀬の実家の近くに、古くからある銭...
トラックバックテーマ 第1488回「銭湯へは行きますか?」



銭湯、今は行きませんね。でも、昔下町に住む叔母に連れられて、ゲタ履きで行った銭湯を懐かしく思い出します。

湯船に浸かりながら、仲良しおばあちゃんたちのおしゃべりを聞くのも楽しいもの。

帰り道、「おばちゃんが、おごってやろ」と言う叔母に誘われて食べたタコ焼きやカキ氷の味、昭和は良かった……
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吉田沙保里選手、三連覇達成、おめでとう!

炎のランナーをバックに表彰台に上がる姿を見て、知り合いの偉業達成のようにうれしかった。

次に、なでしこがアメリカに敗れたこと、残念だけどよくやった!

フィールドの上で走り回って、先取点を取ったアメリカに追いつこうとする姿には心打たれた。

今まで勝ち上がってきた試合でもらった元気は計り知れないわ。

お疲れ様、ゆっくり休んで、そして又次を見据えて頑張って!

オリンピック選手の活躍が、沈滞している日本を元気にしてくれた。日本人で良かったな。

こうして愛国心は芽生えるのね。政治でも芽生えさせてほしいな。

                なでしこ
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パロス島から、妙な船でサモス島に着いたらあたりは寂しい場所だった。どこにホテルがあるかも分からない。

船着場から人気の無い海沿いの遊歩道を歩いていると、前から来たカップルが、まっすぐ歩いていくとホテルがあると教えてくれた。

急いでいる裸の大将のように、リュックを背負ったまま小走りでホテルを目指す。猫一匹いない。

ホテルに着くと荷物を放り投げるように置いて、海辺のレストランに雪崩れ込んだ。究極の空腹ゆえに。

パロスはスゥオームのように観光客で一杯だったが、サモスにはレストランすら人影がまばら。

海の幸の前菜と冷えたワイン、それにムサカをオーダー。海のそばにあるレストランなのに私はわがままを発揮。海辺までテーブルを運ぶように頼んだのだ。それもテーブルの脚が波に洗われるような場所まで……

エーゲ海の潮の香りと寄せる波の心地よい響きに包まれて食したギリシャ料理とワインはすこぶる美味。

あのときだけは、モテ過ぎる憧れの君を一人占めした気分だった。

霧者海辺のテーブル


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やったー、レスリングで女子金メダル二つ!

8月9日、ばら色に染まった朝焼けの空に、生駒山から粛々と上がった太陽が日の丸に見えました。

今夜も又、レスリング、そしてなでしこジャパンのサッカーで日本女子のパワーが炸裂!

でも、でもですよ、国民がオリンピックに目を向けている間に、政局はバナナ・リパブリック度を深めています。

全国の女性の皆さん、国会議員を目指しましょう、大臣を目指しましょう!

日本を変えるには権力闘争に走るおじさんたちに政治を任せていてはいけない。

被災地は何も変わっていない。それなのに、何をやっているのでしょう。

政治の北欧化を目指そう。ヤングメンももちろん、どんどん出て行って日本を変えよう。

若者と女性パワーで福島の心を本当に理解できる国を目指そう。

オリンピック選手にはなれなくても、優しく強い日本に変えることのできる力は一人一人が秘めている。

フレーフレーニッポン(いろんな意味で)!


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メキシコのカリブ海のリゾート地カンクーンに行ったときのお話です。

小高い崖の上に立って青い海を見下ろしていた私。隣に誰かが立った。

観光客かなと思って横を見ると、私と同じくらいの背丈のイグアナだった。

向こうもこちらを見た。目が合った。

カンクーン中に私の叫び声が轟きわたり、カリブ海がざわめいた。

日本サッカーがメキシコサッカーに破れた今、あのときの恐怖をリアルに思い出した。

カリブの海



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後半10分を切った今、2:1でメキシコに負けている日本。

ここで、反撃できるか日本、思いがけない展開。

メキシコの個人能力が高く、試合運びも上手い。

雨までポツリ、ポツリと降り始め、残り時間は5分を切った。

この絶望的な気持ちは今まで何度も味わった。

雨も強くなり、そして時間も無くなり、もう望みは無いのか。

ここまでの頑張りはすごかった。

頑張れ日本!最後の力を振り絞れ!
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いやあ、なでしこ、良くやった!

後半2対1になった後、フランスが後1点を取るために、ものすごい猛攻撃を次々と仕掛けてきた。

おまけに運悪く相手のPKになったりして、もう駄目だ、追いつかれると目を瞑ったが……

終了の笛が鳴ったときは、緊張で体が硬くなっていた。

ワールドカップで優勝したときは、東日本大震災で沈みきっていた日本国民に大きな勇気を与えてくれた。

今回のオリンピックでも、大きな感動をありがとう!

卓球の女子団体決勝進出も快挙だ。強敵シンガポールを3対0で下しての進出だから尚更だ。

ひたむきなスポーツ選手の極限の技を見ていると、自分もまだまだ頑張れるという勇気が湧いてくる。

さあ、今日も御堂筋を走った後、うつぼ公園を一周して会社に行きたい気分。そうするかどうかは別として。だって、暑いんだもん。

まだ闘いは続く、熱い感動を再び!

なでしこ
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海 夏碧

Author:海 夏碧
自分の足で歩き回った国は60ヶ国以上、ニューヨークとLAで会社勤めを経験。一人で子育てをしながら、外資系の会社の管理職を歴任。アイスバーンを運転してスキー場に行き、タンクを背負ってサンゴ礁を遊泳。目下、楽しめる起業を模索中。


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